世界が羨む国へ(3)
日本が世界に示すべきは、“異文化を理念的に拒否せず、自国の伝統や文化に合うように取り入れる”という姿勢そのものである。
これは、人間の理性と技術の進歩により、人間は理想的な状況に到達できると考える、“進歩主義”とは正反対の思考様式である。先に述べたとおり、全ての人類を共通の人工的理念で統合することは不可能であるとすれば、そのような姿勢が見直されるべきではなかろうか。
海外から来た新しい政治制度・文化・技術を受け入れ、自国向けに取り入れることについては、日本はおそらく世界で最も柔軟な姿勢を持った国の一つである。漢字、仏教、儒教、律令制、鉄砲、キリスト教、洋服、立憲主義、議会制民主主義など、例をあげるときりが無いほどである。しかもこれらの概念のほとんどが、矛盾を感じることがなく重ねあわせられ、現在進行形で生きている。
このような、思考様式の形成には地政学的な要因が大きいように思われる。日本列島はユーラシア大陸の東端に位置し、世界中の文化の最終到達点とも言える位置にあった。日本海、東シナ海によって大陸と隔てられた日本は、「侵略はされにくいが、文化の流入を妨げるほどではない」という微妙な距離感を大陸と保ち、他国の文化や技術を咀嚼し、独自の文化へと発展させたのである。
ユーラシア大陸の遊牧民の襲来を受けることがほとんどなかった(例外として刀伊の入寇と二度の元寇がある)日本にはそれだけの余裕があった。外国から入ってきたものはひとまず“熟語”や“カタカナ”で読んでおき、いつのまにかもともと存在したかのように定着してしまう、独特の言語構造にも読み取ることができる。
時には“原理原則がない”などと批判されるこの姿勢、思考様式こそが、人類共存のモデルとなりうるのではないだろうか。
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