即時的行為への逆流
しかし1980年代に入り、豊かさが飽和状態に達したとき、
手段的行為と即時的行為の比率の逆流が始まった。
すなわち、“生まれた瞬間からすでに豊かな世代”の登場である。
右肩上がりの急成長は終わり、勤勉実直、頑張れば報われる
(経済的に豊かになれる)という時代は終ったのである。
それ以前に、“豊かになりたい”という目的自体が消え、当然そのための手段も必要がなくなった。
そこで求めらるのは、即時的な喜びである。
それにあわせ、求められる商品自体が変わった。大量消費、規格大量生産の時代から少量多品種、消費生活も多様化する。消費するモノに個性が求められるようになるし、それ以上にサービスが優位な時代となった。
生活には困らない人々に魅力的で多様な商品を、何処よりも早く、安く提供しなければならない時代となったのである。
それにあわせ、中核労働者と単純低賃金労働者の分離傾向はより強まる。
企業は固定費たる人件費を変動費にするために派遣社員、パート・アルバイトの比率を高めた。長く続いたデフレ経済はその傾向に拍車をかける。グローバル化による賃金の国際的な低水準傾向も同様である。
加えて、バブル経済以降根強く残る、資産を持っているやつには勝てないという感覚。
いわゆる“マネー敗戦”では金融のルールで資産を吸い取られ、やられた、正直者がバカを見たという感覚。
さまざまな要因が重なり、即時的行為の比率は高まる。まじめに(あるいはガマンして)働いて豊かになるより、生きがい、やりがいを最優先するという若者に多く見られる労働観はそれにより説明できるであろう。
“自分探しの旅”を続ける若者は、現代まで後を絶たない。現代においても、高卒・大卒で就職したもののうち、40%が入社後3年以内に離職しているのである。
正社員でいたほうがトクという観念はもはやない。
折からの不況と労働の二極化は新卒採用の数を大幅に減らし、ニート・フリーターが大量に生まれた。
“勤勉”の美徳は消えた、と嘆くこともできる。しかし嘆くだけではなにも変わらない。それよりも、それで何が問題か、政治はそれに何ができるかという点が重要である。
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